皮膚科診療のトリビア

その1 医療費の無駄遣い

症例を紹介します。「2ヶ月前からじんましん。アレルギー検査希望」と問診表に書いてある40歳代女性。まず確認すべきは本当に蕁麻疹かどうかです。出たり消えたりするエピソードがあれば蕁麻疹と容易に診断できますが、実際には他の疾患であることも少なくありません。この女性の場合、2ヶ月前から毎日のように出現し、2~3時間で自然に引いていくとのことです。この時点で診断は「非アレルギー性の特発性蕁麻疹」で確定です。当然アレルギー検査は不要です。ところが2カ月間毎日出ていることからアレルギーは否定的で血液検査は不要であると説明しても女性は引き下がりません。何か原因として思い当たるものがないか問診しても「それが分からないから検査してほしいんです!」とイライラした強い口調に。このままでは堂々巡りで収拾がつきません。診察時間も限られています。仕方なく「診察で必要と認められた場合にしか検査できないのが保険診療のルールです」と正論を述べると…残念ながら火に油を注ぐ結果となってしまいました。

患者さんを怒らせるのは問題でしょうが「絶対にアレルギー検査!」と主張する人に対して、その思い込みを覆すのは容易ではありません。しかし、必要のない検査は医療費の無駄遣いに他なりません。どうしても検査をしたければ自由診療(10割負担)、つまり健康診断と同じ扱いで行うべきです。それを「患者の希望を全然聞いてくれない」などと主張するのはナンセンスです。医療費は限られた国民の大切な資源であり、保険診療のルールに従うことが大前提になります。

またアトピー性皮膚炎においてもアレルギー検査は不要です。理由は簡単です。通常アレルギー検査とよばれる特異的IgE検査はアトピー性皮膚炎において臨床的意義を持たないことがほとんどで、むしろその結果に振り回される弊害の方が大きいからです。診療ガイドラインでもルーチンの血液検査は推奨されていません。それでも検査希望なら「10割負担で良いのでお願いしたい」と担当医に伝えてみるのもありでしょう。

Key Points

①検査や投薬は必要と認められた場合のみ行うのが保険診療のルールである

②蕁麻疹やアトピー性皮膚炎では血液検査は原則として不要である

その2 マダニの除去方法

マダニに刺されたら何をすべきか?まずは虫体の除去です。局所麻酔下で3~4mm程度の大きさでくり抜き切除するのが確実です。実はそれ以外の方法もあります。

今回は液体窒素を用いた除去方法を紹介します。まずは綿棒に液体窒素を含ませ、虫体を完全に凍結させます(図1)。液体窒素は約-200℃の低温でおもにイボの凍結療法に用いられます。十分に凍結させたあとに鑷子で虫体をつまみ、反時計回りに数回転させると虫体がきれいに除去できます(図2)。右手と左手で鑷子を交互に持ち変えながら連続回転させるのがコツです。この方法は虫体が皮膚表面に残存している場合に可能です。ご自身で虫体を除去しようとしても虫体が残存してしまうことも多く、その場合は皮膚をくり抜き切除する以外に方法はありません。何もしないでそのまま医療機関にかかっていただくのがよいです。

最後に抗菌薬投与についてです。詳細な説明は割愛しますが基本的には必要ないと考えられています(むしろ有害という意見もあります)。ただし、ライム病流行地域である北海道では考慮しても良いとされています。

Key Points

①マダニは液体窒素による凍結後に連続回転させることで除去できる

②マダニに刺されたら自分で除去しようとせず医療機関にかかるのが無難である

その3 多汗症は医療機関で治療できる

多汗症とは何か?簡単に言えば「大量の発汗がおこり日常生活に支障をきたすこと」です。特にワキ汗が多いものは腋窩多汗症と呼ばれます。わが国の腋窩多汗症の有病率は5.75%と報告されており、20人に1人以上の計算になります。腋窩多汗症を意識し始める時期は中高生が最も多いことが知られていますが、それを自覚しても医療機関受診率は極めて低いと考えられています。ワキ汗が多いことは「病気ではない」「恥ずかしい」という意識があることや、保険適応で治療できることが知られていないことなどが主な理由としてあげられます。多汗症の問題点として、周囲の人が思っている以上に本人の悩みが深いということです。実際に多汗症は不安を引き起こすことや(文献1)、アトピー性皮膚炎やニキビよりも生活の質に及ぼす影響が大きいというデータがあります(文献2)。

局所多汗症にはHornbergerの診断基準というものがあります。①最初に症状が出たのが25歳以下である。②対称性に発汗がみられる。③睡眠中は発汗が止まっている。④1週間に1回以上の多汗のエピソードがある。⑤家族歴がある。⑥日常生活に支障をきたす。あきらかな原因がなく局所的な多汗が6カ月以上認められ、①~⑥の6項目のうち2項目以上当てはまるものは多汗症と診断されます。

腋窩多汗症の治療薬として2020年にエクロックゲル®、2022年にはラピフォート®が承認されました。これらの薬剤はエクリン汗腺にあるムスカリン受容体に対して抗コリン作用を示すことで汗を抑えます。当院でも数多くの腋窩多汗症の患者さんに使用していますが、比較的短期間で効果が現れることが多く、満足度は高いと考えます。さらに2023年、手掌多汗症に対してアポハイドローション®が保険適応となりました。つまり、腋窩と手掌の多汗症は保険治療が可能になったということです。しかし、腋窩と手掌以外の部位の多汗症は保険適応の外用薬がないため、塩化アルミニウム液を用いた自由診療となります。とはいえ、塩化アルミニウムはそれほど高価なものではありません。ここ数年で多汗症の治療は大きく前進したと考えられます。

Key Points

①多汗症の有病率は意外と高く、不安を誘発したり生活に支障をきたすことも多い

②手掌と腋窩の多汗症は保険治療が可能になった

(文献1)Ogawa S et al. Association of primary focal hyperhidrosis with anxiety induced by sweating: A cross-sectional study of Japanese university students focusing on the severity of hyperhidrosis and site of sweating. J Dermatol. 2023;50:364-374.

(文献2)Hamm H et al. Primary focal hyperhidrosis: disease characteristics and functional impairment. Dermatology. 2006;212:343-53.

その4 標準治療とは何か?

「標準治療」という言葉を耳にしたことがあるでしょうか?皮膚科以外でも使われる用語です。標準という言葉には「並みの」というニュアンスがあるため、もっと他に優れた治療法があるのではないかと考えることがあるかもしれません。実際にはそうでないことの方が多く、「標準治療」とは過去の臨床医学の積み重ねの結果生み出されたものであり、最も信頼に足る治療法と言えるのです。専門家が世界中の研究成果を集め、有効性や安全性を吟味し、その時点で最善の治療法として合意したものが「標準治療」と呼ばれます。並みの治療/平凡な治療という意味ではありません(注「一般的に広く行われる治療」を意味することもあります)。しかし、医療には不確定要素が多く、すべての患者さんに「標準治療」を行っても良い結果が得られないこともあります。また、すべての皮膚疾患に「標準治療」があるわけではなく、治療法が確立されていないものも多くあります。むしろ後者の方が圧倒的に多いです。

アトピー性皮膚炎やニキビなどは診療ガイドラインに基づく「標準治療」が存在します。皮膚科に限らず、一般に「標準治療」が確立されている疾患で医療機関を受診する場合、専門医の意見に従った方が良いと考えられます。患者さん自ら「標準治療」を拒否したり、自己判断したりするのは結果的に不利益を被る可能性の方が高くなります。場合によっては取り返しがつかなくなることもあり得ます。しかし「標準治療」は絶対的なものではなく、上手くいかないこともあります。その場合、その分野のエキスパートに紹介したり、やむを得ず標準から外れた治療を行うこともあるわけです。

また、医学は常に進歩していますから現在の常識が将来的に覆ることもありますし「標準治療」も少しずつ修正されていくものです。しかし、現在の「標準治療」から外れた治療を行う場合、それなりの理由が必要です。医療機関で専門医から「その治療はお勧めできない」と説明された場合、理由の1つとして「標準治療」から外れている可能性が考えられます。根拠のない治療/有効性や安全性が確立されていない治療を行うことになりかねないからです。

Key Points

①「標準治療」とは過去の臨床医学の積み重ねの結果生み出された最良の治療法である。

②「標準治療」を行わない場合には理由が必要である。

その5 ニキビの標準治療

ニキビの正式名称は「尋常性ざ瘡」といいますが、医療機関の受診率は16%と極めて低いことが報告されています。ニキビ治療は皮膚科を受診することから始まります。自己流のケアや市販薬では効果が期待できないからです。ニキビは思春期に多く発症し、「過剰な皮脂」「毛穴のつまり(面皰(めんぽう)と呼ばれます)」「アクネ菌の増殖による炎症」で悪化します。かつてはビタミン剤や漢方、抗菌薬中心の治療が行われていましたが時代は変わりました。

2008年にアダパレン(ディフェリン)、2015年にベピオが使用できるようになりました。より強力な配合薬としてデュアック、エピデュオも使われるようになりました。これらの薬剤は面皰を改善するもので、ニキビを早期かつ根本から治すものです。刺激感が一番の問題になりますが、最初は短時間(15分間のみ)で開始することをすすめています。ショートコンタクトセラピーと呼ばれる方法ですが、外用後15分経ったら洗顔して洗い流します。たった15分でも効果は得られます。徐々に時間を延ばして慣らしていきましょう。特に敏感肌の女性は刺激感が強く表れる傾向にあるようです。最初の2週間は強い刺激があっても、次第に落ち着いてくることが多いです。

抗菌薬、特にクリンダマイシンゲルを希望される患者さんが多いですが、単独使用はおすすめできません。薬剤耐性菌が増加傾向にあるうえ(文献1)、海外のガイドラインでも抗菌薬の単独使用は明確に否定されています(文献2)。また抗菌薬には面皰を改善させる効果は全くありません。

ニキビ治療は受診期間を空けすぎないで定期通院することが重要であり、この点に関してはアトピー性皮膚炎と同じです。通院が途切れがちになり、治せるはずのニキビを治せないケースが多いのも事実です。

Key Points

①ニキビ治療は医療機関を受診することが治療の第一歩になる

②炎症期には抗菌薬は有用だが、面皰の治療も同時に行わなければならない

③アトピー性皮膚炎と同様にニキビ治療も定期通院が必要である

(文献1)Aoki S et al. Increased prevalence of doxycycline low-susceptible Cutibacterium acnes isolated from acne patients in Japan caused by antimicrobial use and diversification of tetracycline resistance factors. J Dermatol. 2021;48:1365-1371.

(文献2)Zaenglein AL et al. Guidelines of care for the management of acne vulgaris. J Am Acad Dermatol. 2016;74:945-73.e33.